“In house”、私が関わるせとうちDMOが発足した2016年に、米国のいくつかのDMOやBID(Business Improvement District(街づくりのための特別区))を訪れた際、DMOのトップや担当者の多くが使っていた。業務を社内でこなすという意味で使うこの言葉自体は珍しいものではない。ただ、“In house”で出来ることが従来の組織との大きな違いであり、成功の要因であると誇らしげに語る姿が印象的であった。
“世界水準のDMOの要件”、ここでは“In house”というキーワードを切り口に現在の国内 DMOの課題と共に考えてみたい。

 “世界水準のDMO”、評価の方法は様々だが、最も明快な評価の指標は、成果であろう。
DMOが設立された後にどれだけの成果をあげたのか。例えば、国も成果指標に用いる延宿泊者数や観光消費額がある。インバウンドを考える上では、ターゲットは全世界の旅行者となる。世界中のDMOが同じ土俵で競いあっていると捉えることができ、公平な評価が可能だ。観光庁が示すDMO3類型である“広域”、“地域連携”、“地域”毎に成果に着目して海外の類似事例を収集していけば、日本国内のDMOと比較することができる。
 私が視察したDMOの一つ、米国カリフォルニア州の「ビジット ナパバレー」では、DMO設立以降10年間で年間来訪者が80万人増加(470→550)し、観光消費額は約6億ドル増加(10→16)している。“地域DMO”に相当する人口20万人に満たない地方都市に及ぼすインパクトは極めて大きく、DMOの成功例としてよく知られている。まさに世界水準である。

組織の自立と成長が成果を生む

当然ながら海外のDMOの成功例はこれだけではない。欧州や豪州においても、地域の観光産業を支えるDMOは多い。中にはマーケティングの活動にとどまらず、森林・牧草地などの地域資源の保全まで含めた地域エコシステムの形成に至った事例もある。ただ、こうした成功例に共通するのは10年や20年という長い時間をかけて、相応のプロセスを経て取り組んできた結果として、今の姿があるということだ。
このため、今の姿だけを見て、“○○が備わっている”、“○○なマネジメントが出来ている”という現状を分析するだけではなく、今の姿に到達した背景を経過した時間と併せて考えることが重要だと言える。
 そこで、私が訪れたことのある米国「ブライアント パーク(NY市所有の公園)」の例を紹介したい。DMO同様、地域マネジメントの仕組みで、北米地域を中心に普及したBIDの成功例だ。
公園周辺の企業や団体が、周辺エリアの活性化を目的に、公園の治安向上や賑わい作りに取り組む組織を設立。財源は、BID法を活用して周辺企業等が一定のルールのもとで拠出。この財源をもとに経営人材、マーケティングやデザインなどの専門人材を採用し、徹底して人が集まる公園となるよう取り組んだのである。
そして、ここでも日本版DMOの要件となっている、関係者の合意形成、KPI設定やPDCAサイクルを用いたマネジメントが当然のように行われているのだが、注目すべきは現在に至るまでのプロセスと要した時間(図参照)である。
 設立当初の数年間の収入は、拠出金と自治体の財政支援を合わせて100万ドル程度であった。その後入園者は伸び続け、2014年にはイベントやレストラン事業の収入などで1300万ドルを超えたのである。つまり、地域で財源を捻出し人材を確保することで、自立した組織体制を構築。そこから試行錯誤を繰り返しながら組織が成熟し、30年近くを経過する中で、世界に誇れる成功例となったのだ。
ここで改めてDMOの役割について整理した上で、日本国内の課題に触れておきたい。
 DMOの役割は、地域の観光需要を高めることと、商品・サービスの供給体制を構築することであり、そのために必要なのが、MarketingとManagementだ。 日本国内においては、DMOの“M”は、この二つの頭文字とされている。
 DMOが行うMarketingとは、文字通りデスティネーションマーケティングである。「旅行者が、どのように旅行先を知り、選択し、そして訪れるのか」、カスタマージャーニーを描きながら、PR(Public Relations)やデジタルマーケティングを取り入れ、高めた認知を来訪者増へと結びつける。
 Managementには二つある。一つは組織マネジメント。もう一つが、DMO固有とも言える地域マネジメントである。旅行者の満足度と地域への経済効果を共に高めるには、受入環境整備も含めた商品・サービスの充実が欠かせない。その提供主体である地域の事業者や自治体との協調はDMOの根幹と言ってもいい。
 ただ、こうしたDMOの役割は、今までも語られてきている。では、なぜ未だにDMOの実情について危機感を持つ人が多いのか。
それは、ここから先の答えは、DMOそれぞれが自ら考えなければ見えて来ない領域だからだ。
すなわち、エリアの広さや、地域の認知度、持っている観光資源、一つとして同じものはなく、誰かが正解を知っていて提供してくれるようなものではないのだ。試行錯誤を重ね目標に向かって近付こうとするひたむきな経営を続けていくことでしか、大きな成果を得ることは出来ないのである。
こうしたDMOの主体的かつ継続的な活動のためには、人材の確保が欠かせない。しかし、今の国内には、そのための安定財源を確保する仕組みが不十分と言わざるを得ず、このことが最大の課題だと言える。

環境を整え成長を促す

 ここまで海外の成功例とDMOの役割や課題を整理してきたが、最後に世界水準のDMOの“要件”について、まとめたい。
 今回、海外の成功例からヒントを得ようと、二つの事例を紹介した。これらに共通するのは、組織内の人材を中心にした”In house”を基本に成長し、大きな成果を残している点である。
そして、こうした自立した経営を可能としているのは、BID法やBID法を応用したTID(Tourism Improvement District)のような地域で財源を拠出する制度だと言える。つまり、まず整えるべきは、こうした考え方を関係者で合意することと、組織の成長を地域で支える仕組みである。
 今、国内の議論は人材と財源の確保が大きな課題で、それはDMO自らが解決すべきことであるとの論調が多いように見える。しかしながら、DMOは地域の全体最適を目指して活動するパブリックな性格の組織であり、その課題は地域や自治体、さらには国を上げて解決すべき課題であると言える。
であれば、こうした考え方が浸透していること、財源制度を整えた地域や国であることが、世界水準のDMOが”育つ要件“となるのではないだろうか。
今、各地域に立ち上がるDMO。環境が整えば、必ずや自ら成長し地域に成果をもたらしてくれるであろう。関わる人たちがそうした視座に立ち、DMOを支えていくことができれば良いと思う。

ブライアントパーク設立以降の収入の推移と内訳
拠出金をもとに数年の助走期間を経て収益事業化に成功