コロナ禍で求められる変革

新たなデスティネーション台頭の可能性。コロナ禍を経て旅行者の価値観が変化する一方で、そのことが新たなチャンスが生みだし、地方の観光地が大きく飛躍する可能性がある。
昨年4月はじめに米国経済誌Forbsの記事「世界の専門家が予測するこれからのツーリズムの未来」の中で私がコメントしたものだ。今や現実のものとなり、旅行者の価値観は大きく変わった。そこに応えていかなければ地域が観光地として成長していくこと自体難しい状況となっている。
こうした中、一方ではチャンスとも言えるこの状況を生かすために新しい取組を始めた地域や団体がある。その一つが、Visitはちのへだ。
青森県八戸市に拠点を置き、同市を含む8市町村が連携し2019.4月にスタートしたばかりのDMOだ。事業規模は7億円でスタッフは80人を超え、国内では最大級のDMOと言える。しかし、スタートから一年を待たずにコロナ禍に直面し、混乱の一年を過ごした。ただ、その後訪れる回復期に向け準備してきた取組が昨年末スタートした。
「世界水準のトラベルテック導入による地域マーケティングのDXを促進~地域事業者とDMOが共通の流通プラットフォームを整備。直接国内外の消費者に商品提供可能な仕組みを構築。地方で最も不足する集客力を向上~」、プレスリリースのタイトルだ。地域が目指すDXを端的に示したフレーズと言える。
今、金沢市、島田市、有馬温泉、奈良県、長門湯本温泉、大洲市、五島列島など、10を超える地域でも同様の取組が始まっている。

地域で異なる観光地づくり

地方の課題解決に向けた地域マーケティングのDXを考えたい。
観光地の課題を述べる際に、押さえておくべきポイントがある。観光地としての成熟度や広域性の違いを考慮せずに、すべての地域を同じ土俵で議論しないこと。DXにおいても同様だ。図1のAの区分とDとでは、全く状況が異なる。一言で言えば、Aに比べDの地域でより優先度の高い課題は集客力の向上だ。観光需要が高まらなければ地域事業者も存続できない。先述の地域でAに近いのは、金沢市、奈良県、有馬温泉で、それ以外はDに分類される。ただ、奈良県では奈良公園周辺と県南部では来訪者数に大きな格差がある。この場合、奈良県南部はDとなる。また金沢市や有馬温泉の課題を聞けば、宿泊者の獲得は一定の成果が出ているものの、その他の飲食や体験サービス事業者の集客に関しては、まだまだ十分とは言えないという。つまり、こうした課題の違いを踏まえた対策が必要であり、DXのあり方も異なるということなる。

海外で進むデジタルトランスフォーメーション

日本国内では観光地マーケティングにおけるDXの研究は、コロナ禍以前から進んできた。特に数年前からDXを推進する経済産業省が、昨年度、トラベルテックを活用した観光地マーケティングの仕組みについて将来像を描いている。ただ、Withコロナでデジタルシフトが加速する今こそ、それが必要な時期に来ている。
一方、海外ではすでに完成しており普及し始めている。昨年8月にコンサルティングファームのマッキンゼーが、コロナ禍における観光振興のDXの必要性を提言し、その中で海外の事例を紹介している。豪州で運用されている「Tourism Exchange Australia」(ツーリズム・エクスチェンジ・オーストラリア(以下、TXA))だ。図2の通り、DMOや行政の観光局が間に入り地域事業者と旅行者を繋ぐための仕組みだ。経済産業省が将来像として描いていたものが現実のものとなっている。豪州の実績の中で最も特徴的なのは、TXAの利用事業者の約80%が地方だということだ。マッキンゼーのレポートでも、TXAは宿泊施設やアクティビティ、飲食など、旅の体験をまとめて予約可能で、発信力の弱い地方の事業者がダイレクトに旅行者へアプローチ可能な点に注目している。つまりTXAは、図1のDや域内格差を抱えるAのような地域が、直接市場と繋がり集客機能を高めることを狙って設計されている。加えて、地方の事業者のデジタル活用の遅れ、つまりデジタル格差の解消も狙ったものとなっている。さらにはDMO等がTXAを使い事業者と旅行者との間に入ることで、地域単位で旅行者の分析やデータを活用したマーケティングの高度化を可能とするとしている。
TXAはすでに5年以上の運用実績を持ち、現在、豪州、英国、インドネシアの政府観光局やDMOで利用されている。今後はフランスや米国でも進む。DMO等が使うマーケティングプラットフォーム(PF)の世界標準となりつつある。

TXJシステム稼動開始

前述のVisitはちのへが発表し、金沢市や奈良県のエリアでも進められている取組は、このTXAをベースに開発されたTXJ(Tourism Exchange Japan)を活用したものとなる。
ここからはTXJが目指す地域マーケティングのDXについて説明したい。
基幹システムの開発は終わり、すでに全国約2万6千の宿泊施設の在庫データが入ってくるなど、全国共通基盤のシステムとなっている。
TXJが目指すDXとは、デジタル技術(D)を効果的に取り入れることで、宿泊、体験、物産、飲食等の地域事業者とDMO等のマーケティング組織が機能的に連携しながら地域のマーケティング力を変革(X)していくということになる。具体的な機能は大きく3つある(図3)。地域や地域事業者の集客力の向上。集客対策の成果や来訪状況の可視化。そして、国内DMOの特徴とも言える地域商社の役割をサポートするEC機能を同一PF上で提供することだ。
特に集客力の向上と可視化は、地方にとって最も必要とされるものだろう。
そのための機能をいくつか紹介したい。

マーケティングプラットフォーム

TXJは地域事業者にワンストップで大きく3つの販売チャネルを提供することが可能だ。グローバルOTAを始め80社以上のOTAやアクティビティ販売メディアに接続可能で、ツアーオペレーター等の利用も想定している。加えて、DMO等のWEBサイトやオンライン販売システムを持たない地域事業者のWEBサイトでの販売も可能とする。また、地域事業者は、これらの複数の販売チャネルを一つの管理画面上で管理でき、既存のチャネルマネージャー(サイトコントローラー)との接続も想定しており、オペレーションの負担増は最小限と言える。
今後の集客力向上に欠かせないデジタルマーケティングへの対応も織り込む。    キャンペーンページ(LP)を簡単に自動作成する機能や広告効果を可視化するため、予約者データをLP接触者ごとに集計する機能も備えている。
また、TXJはキャンペーンに限らずすべての購買行動をデータとして蓄積することで、地域全体のマーケティング成果を可視化する。DMO等のWEBサイトに加え、地域内事業者等における売り上げ状況や予約者データを専用ダッシュボードで日々把握できる。このダッシュボード機能は地域事業者にも専用のものが提供できるため共通データを用い、より実効性の高い地域内連携を可能にする。
こうしたデータ蓄積機能により、DMO等が行うプロモーションや動画配信等のデジタルマーケティングなどの認知施策の成果をコンバージョン(予約者、来訪者数)で評価することや、予約者データを活用した「One to One」マーケティングも可能になる。
まさに地域マーケティングのPFでありDXに必要な機能はほぼ備わっていると言える。TXJの機能面において、今後アップグレードが必要なものは高度なCRM(顧客情報管理)機能だろうか。Withコロナにおいて従来ほど多くの旅行者が見込めない中にあって、顧客情報のマネジメントは成否を分けるカギとなる。CRMの強化は多くの旅行者が訪れる図1のAのような地域においては直ちに効果が期待できるだろう。
従来、地方の集客は旅行代理店やOTAなどに依存してきた。このため地域側に売るためのナレッジは蓄積されてこなかったと言ってもよいだろう。マーケティングに決まった方程式はなく、ましてや誰かが勝手に売ってくれるものでもない。つまり地域や地域事業者が自ら商品を磨き、消費者の反応を見ながら、売れるものを作り、売れる方法を編み出していくしかない。TXJを活用することで、In house(内製)でマーケティングが可能となると同時に、売るための試行錯誤が始まることになる。TXAの英国版であるTXGBは英国政府観局と地域のDMOが歩調を合わして導入することで、国と地方のデータ連携を可能としている。これまでの中央政府観光局と地方のDMOの関係性を変えつつある。国内のある広域DMOの幹部は、「TXJの仕組みは広域DMOと域内の自治体やDMOとの関係性をより機能的なものにするだろう」と言っている。Visitはちのへでは、TXJを活用して地域事業者とともに開発した新商品の売り上げアップに繋げていくための議論が活発に交わされるようになっている。

DXの実現に必要なこと

ここにDXの本質がある。つまり、デジタルを活用した地域マーケティングの変革は、国や自治体、DMOがマネジメント力、マーケティング力を高めようとする意識と行動のもとでのみ進む。テクノロジーの進化はその活用をより身近なものとした。TXJに限らず地域マーケティングのDXに必要な機能はすでに揃っている。あとは、これらをどう活かすのか。明確な意思とビジョンを持って取り組む地域だけがDXを可能とし、その恩恵を受けることができるだろう。