COLUMN

ディスティネーションマーケティングの現場から / Vol.12

公共の規律とマーケティングの機動力

文:村木 智宏(株式会社Intheory 代表)

地方創生が重要な局面を迎える中、地域の魅力を国内外へ発信し、持続可能な経済循環を生み出す観光マーケティングの重要性は、かつてないほど高まっている。しかし現場では、施策のスピード感や成果の創出をめぐり、行政組織と民間事業者の間で目指すアプローチの違いから生じるジレンマが散見される。この課題を乗り越えるためには、行政が背負う公的な責務に理解を示しつつ、マーケティング特有の性質に適した新たな官民協働の枠組みを模索していく必要がある。

公平性と説明責任を担保するための制度的背景

地方自治体の契約や会計ルールは、税金を原資とする公金支出の適正性、公平性、そして住民への明確な説明責任を果たすために構築されている。道路や公共施設の建設といった土木・建設工事に代表される請負契約のルールは、成果物の仕様を厳密に定め、完成と引き換えに対価を支払うことで、不正や税金の無駄遣いを防ぐという重要な役割を担ってきた。

行政担当者が契約類型や前例、規則の遵守に慎重になるのは、組織人として当然果たすべきガバナンスの表れであり、公の機関としての信頼を守るための防壁でもある。前例のない施策に対して法務や財務部局と慎重に協議を重ねる姿勢も、公金を預かる立場としての誠実なプロセスと言える。

「不確実性への挑戦」と「確実性の担保」の狭間で

一方で、現代の観光マーケティングは、刻一刻と変化する市場トレンドやターゲット層の嗜好を捉え、柔軟に軌道修正を重ねる「不確実性への挑戦」が本質である。そこでは、あらかじめ定められた成果物をただ納品することよりも、専門的な知見に基づいてメディアや旅行業界との関係を築き、機動的にプロモーションを展開するプロセスそのもの(善管注意義務に基づく準委任の性質)に価値が宿る。

ここに、公的な制度が求める「仕様と結果の確実性」と、マーケティングが求める「仮説検証と柔軟性」との間に、構造的なギャップが生じる。

仕様通りの成果物納品を強く求めすぎると、事業者は市場の変化に応じた機動的なリソース再配分や、尖った専門人材の登用を躊躇しがちになる。結果として、手続き上の安全性を優先するあまり、パンフレットや動画の制作といった「形に残る納品」に終始し、本来目指すべき地域への経済波及効果や関係人口の創出といった本質的な成果に結びつきにくくなるという課題が生まれてしまう。

信頼と対話に基づくパートナーシップの構築へ

このギャップを埋め、双方が納得感を持って地域に貢献するためには、相互の立場への理解と実務的な工夫が欠かせない。

行政側においては、マーケティングやコンサルティング業務を「成果物の買い取り」ではなく「専門事務の委任」として捉える準委任契約の活用など、業務の性質に応じた柔軟な制度運用が期待される。履行保証保険の活用や適切な進捗管理プロセスの設計によって、公金の保全と民間の機動力を両立させる現実的な解を見出すことは十分に可能だ。

民間側もまた、行政が負う説明責任を深く理解し、活動プロセスの透明化や定期的な情報共有を通じて、行政担当者が庁内や議会に対して自信を持って説明できる材料を丁寧に提供する姿勢が求められる。

地方には、世界に誇るべき豊かな自然や歴史、独自の文化が数多く眠っている。公の機関としての規律と、民間プロフェッショナルの知見と熱量が互いを尊重し合い、確かな信頼関係のもとで融合したとき、地方観光は真の意味で持続可能な成果を手にすることができるはずだ。

(合同会社Tourism Exchange Japan ウェブサイト掲載コラムより転載)