ディスティネーションマーケティングの現場から / Vol.11
地域振興とDMOの新たな人材要件
文:村木 智宏(株式会社Intheory 代表)
「地方分散」の重要性が叫ばれて久しいが、日本全体の平均データに埋没した議論からは、地方が直面する真の構造危機は見えてこない。足元の産業育成という「リアル」を置き去りにし、上から降ってくる耳障りの良い「スローガン(記号)」の消費に終始する――。この地方創生の停滞と同じ構造的課題が、今、地方の観光振興やDMO(観光地域づくり法人)の現場で再発している。
近年、観光の現場では「量から質へ」「サステナブル」「高付加価値化」という美しい記号があふれている。その筆頭とされるハワイは、確かにこれらのメッセージを掲げるが、その裏では来訪者数(分母)を落とさないための冷徹で高度なマーケティングを徹底している。彼らにとってサステナブルとは、強固な誘客基盤の上で機能する「ブランディングの仕上げ」に過ぎない。しかし日本の地方は、この何周も先を行くハワイの「記号」だけを都合よく切り取り、「これからは質の時代だから数は追わなくていい」という、自らのマーケティング力不足への免罪符にしてはいないだろうか。
なぜ地に足の着かない観光振興が進むのか。背景には、公的資金の性質や単年度の事業スキームという「官主導」の仕組みがある。予算や評価の都合上、明確な成果物を出しやすい「コンテンツ開発」ばかりが美化され、先行する。だが、売る能力(マーケティング)を伴わないコンテンツは事業終了とともに消え、現場の宿や飲食、交通といった基盤産業には負担感だけが残る。DMOのガバナンス構造も、地域の事業者が負う破綻リスクと自身の評価がリンクしにくいため、KPIが「地域の持続的な売上増」ではなく、「上位方針に沿った計画の実践」といった空中戦に向かいやすい。
観光を行政の政策テーマから、地域が食っていくための「産業」へと引き戻すために、今、本当に求められる人材とは、従来の「記号の演出家」ではない。確実な誘客を数字でコミットできる「地上戦のマーケティング力」を持ち、現場のオペレーションと住民の生活環境の間に立って泥臭く調整できる「実務型バランス人材」である。
経営学や制御理論において、「性能の余裕性(Slack)」という概念がある。「サステナブル」や「高付加価値化」の本質は、アクセルを踏まないこと(思考停止)ではない。いつでもアクセルを踏んで需要を創出できる能力を持ちながら、あえて地域の受入容量に合わせてブレーキをコントロールすることである。つまり、増やす能力があるからこそ、コントロールができるのだ。
地域や自然、保存すべき文化を守りたいのであれば、なおのこと、私たちは圧倒的なマーケティングの力を持つべきである。自力で需要をコントロールする主導権を握り、地域と自然の持続可能性を冷徹に制御できる実務型リーダーの育成こそが、今、日本の地方組織に課せられた最大の構造的課題である。
(合同会社Tourism Exchange Japan ウェブサイト掲載コラムより転載)
